大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和35年(ワ)8867号 判決 1963年3月19日

原告 溝口宏造

右訴訟代理人弁護士 大西保

被告 富士火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 井上猛

右訴訟代理人弁護士 江口保夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告が被告との間に昭和三三年九月七日請求原因第一項記載の内容の自動車保険契約を締結し、同日保険料金二〇、六四五円を被告に支払つたこと、昭和三四年五月一八日被告との合意により、右自動車保険契約の目的及び保険金額を請求原因第二項記載のとおり変更し、同日未経過日数一一二日に対する保険料金一八一九円を被告に支払つたこと、同年同月一九日午前三時頃右自動車を運転して甲州街道を新宿から八王子方向に進行中、調布市柴崎町一七六四番地にさしかかつた際、訴外菊地普をはね飛ばし、よつて同人を即死させ、路傍の電柱に右自動車の左側面を接触させ、その一部を破損するに至つたことは当事者間に争いがない。

よつて被告の抗弁事実について判断すると、成立に争いのない乙第六ないし第八号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、(1)事故発生の前日である昭和三四年五月一八日午前五時ないし七時頃起床したこと、(2)同日午後二時頃調布市下石原の自宅から本件自動車を運転して大井まで出かけ、同五時頃新宿へ行つたこと、(3)同九時半頃新宿の某飲食店へ行き翌日(事故発生日)午前一時近くまで同所において訴外某とビール五本、酒八本をほぼ等分して飲んだこと、(4)原告の酒量は多くとも酒四本位とビール二、三本程度であること、(5)原告は本件事故発生現場の一キロ位手前で著しい睡気を催し、一旦駐車して仮眠をとつたが目がさめた後も頭がすつきりしなかつたこと、(6)時計をみると午前三時前だつたので発車したが、やがて頭がボーとしてねむくなり意識が不明瞭になつたこと、(7)原告は被害者をはね飛ばした時居眠りをしていて意識のない状態にあつたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

そして右の事実から判断すると、事故発生の時までに原告はすでに起床後約二〇時間を経過し、その間長距離の自動車運転をし、相当疲労していたものり考えられるところ、更に事故発生の二時間ほど前に自分の酒量からみて相当多量に飲酒していたのであるから、当然注意力が相当程度低下し、とうてい正常な運転ができない状態にあつたものといわなければならない。しかも、本件事故現場の一粁位手前で著しい睡気を催し、一旦駐車して仮眠してもなお頭がすつきりしていなかつたのに、なお運転を続けたというのであるから、原告自身正常な運転ができない状態にあつたことを知りながら敢えて運転したものというべきである。

ところで当事者間の自動車保険普通保険約款四条には、保険の目的が法令または取締規則に違反して使用または運転せられるときは、その間に生じた損害について被告は填補しない旨の定があることは当事者間に争がない。そして運転者に運転上の過失があつたとしてもこれが直ちに前記免責事由に該当しないことは右条項の文理から首肯できるばかりでなく、原告が主張するように同約款三条一項但書が、運転中における運転手又は助手の重大なる過失があつても被告の保険金支払義務は免責されないと定めていることからも明白であるけれども、本件の場合は右と異なり、前記のように原告は当時とうてい正常な運転をすることのできない状態にあつたもので、道路交通取締法第七条一項及び二項三号により自動車の運転それ自体が禁止されていた場合であると解すべきであるから、原告が右禁止に違反して自動車を運転している間に発生した本件事故については、約款四条によつて被告は原告に対する保険金支払義務を免れることになる。

以上のとおりであつて原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中島一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例